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23/12/2012
Christmas / Navidad

 

Dogs Bless You

1

Feliz Nividog... 楽しいクリスマスをおすごしください。

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27/10/2012
NyanNyan II & Madrid

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JAL 破綻前の話
いつもだけれど、Bきゅうさんの記事に、大笑い。
今回は、空港で難民になりかけ事件、なんですが、もうわらえるし、
似たような経験があるから、すごく共感できるし。。 でした。

思い出すのは、まだJALの破綻など考えられなかった(というか、問題は始まっていたんだろうけど、そこまで想像できなかった)時期のこと。

私は、マドリットに住んでいて、クリスマスには帰国する予定で12月25日のJAL便を予約していましたが、
父が入院して、特別休暇がでたために、4日早く帰国しました。
マドリットのニャンニャン(今のニャンニャンじゃない、前の猫)は、ある人のお家にホームステイする予定でしたが、彼はクリスマス前にイタリア出張になり、ニャンニャンはホームアローンで、お世話する人が毎日くる事になっていました。 4日間も大丈夫だろうかと、すごく心配!

JAL便は、マドリットーアムステルダムまで、イベリア(別名、オクレタリア)、アムスから成田までがJALでした。 チェックインはJALのカウンター、そして、カウンターにいたJALの日本人職員がひとり、その後ゲートに移動して搭乗をはじめます。同じ人がいるので、結構顔とかおぼえちゃう。

で、アムステルダム行きのイベリアは、いつもの通り、30分の遅れと発表され、それが1時間になり、
飛行機にのってから、飛行機おりてと言われ、それから、反対側のゲートに変わったと言われました。

そして、みんな、げっそりした顔をして、民族大移動を始めます。
反対側のゲートにつくと、イベリアの職員はだれもいなくて、JALの女性職員がひとりが、
テキパキと動いていました。

そこでも、新たに遅れが発生する模様。 

そして、わたしは、そういうことに慣れすぎてる人間。

どうせ、まだ時間かかるし、コーヒーを飲もうと、反対向きの”動く歩道”にのりました。 つかさず、JALの職員が(日本人特有の小走りで)走ってきて、”どちらにいかれるんですかー?”と、すごーく日本人プロ的な口調で聞かれました。。

”えっ、ちょっと、コーヒーを”
”かしこまりました、あまり遠くにいかないでください” 。。。おお、ごめんなさい。

コーヒーを飲んでかえってくると、その日の日本行きの飛行機には乗り継ぎできないことが
確実になっており、アムステルダムについた時のホテルの手配書がわたされました。

私は、”猫が一人で家にいるから、今日はマドリットの家にもどって、明日の便にのりたい”というと、
”荷物がつまれてるから、だめ” といわれました。 かわいそうなニャンニャン、クレーマーになって、
荷物降ろしてもらえばよかったな。

実は、父はそのころ、既に退院していたから(検査入院だった)、自宅に戻っており、それでも心配だったので、一日でも早く日本に行きたかったけど、それが無理だったら、ニャンニャンのいるうちに戻りたかった。でも、両方むりでした。

アムステルダムでは、JALの職員が空港のシェラトンに連れて行ってくれましたが、途中で、愚痴られました。 JALが、KLMと共同運行していたときは問題なかったけど、イベリアはことごとくおくれるので、イベリアを見に行ったら、イベリアって、コミュニケーションがないのだそうです。 つまり、パイロットと地上職員, FAといった職業が違う人たちの間では、コミュニケーションがないので、遅れると言ったり、搭乗口がかわったり、そういうのがあるのだそうです。

無料で日本の連絡先に, 到着日がおくれる事をFAXしてくれるということでしたが、アムステルダムのホテルの部屋にはいったら、すぐに、父から、電話がありました。 早い! JALも父も(っていうか、父は電話魔だった)。

すごいと思いました、日本人のサービス。 でも、その後 JALは、破綻。 マドリットーアムス便廃止。 イベリアは悪いながらも続いている。 KLMも遅れないけど、つぶれかけていた(か、つぶれたか)。

彼らはどうなっているのでしょうか? JALの一生懸命だった地上係員、アムステルダムで、イベリアの遅れでノイローゼ気味だといってたJAL社員。 


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13/09/2012
NyanNyan II & Madrid

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仕事が楽しいなんて、言えない雰囲気 (2)
前の記事の追記です。

日本の皆さんも、仕事より週末が楽しいということ、
よーく、理解できました。 っていうか、よく考えたら、私もそうなのでした。

しかしながら。。 スペインの労働生活は、同じ時間働いていたにも関わらず、
めちゃ楽だったのです。

2.gif



まず、1週間の労働時間は、日本と同じ(多分40時間?)なのですが、
毎日、8時10分に入り5時30分に終了です。

こうやって、時間調節をして、金曜日は、昼ご飯なしで、14時30分で終了です。
夏であれば、そのまま、郊外に出発するので、交通渋滞は、15時ぐらいから始まります。
金曜日が、短縮にならない会社は、7月いっぱい、午後(スペインの正午は14時)は、働きません。
シエスタタイム(14時〜16時)を導入している職場については、経験ないので分かりません。

さて、私の働いていたところでは、朝食の時間が20分、お昼時間が40分ですので、
日本のお昼1時間と同じなのですが、これが、心地いいんです。

まず、10時頃になったら、カフェテリアでフルーツとかヨーグルトの朝食(持参)をいただきます。
で、お昼は、カフェテリアでフルコース(本人負担100円)のお食事をいただきますが、
例えば14時に食べ始めるとすると、午後が始まるのが、15時ちょっと前、
その後は、ちょろーと働くと、もう17:30の終了なんです。

こういう感じだと、全然、つらくないのです。 多分、半年たったら、慣れて疲れてくるだろうなと
思っていたけれど、1年たっても2年経っても、体はらくちんだったんです。

でもって、今住んでいる東京とちがって、家につくのは18時ぐらいだから、
なんか、らくちんだったんです。

で、東京の生活ですが、人生、ずーと疲れて、つらい。。。 慣れることもないです。

なので、そんなラクチンな職場のスペイン人に、”月曜日はつらい” なんて、言わせたくない!

1.gif




10/09/2012
NyanNyan II & Madrid

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仕事が楽しいなんて、言えない雰囲気
スペインのお話です。

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↑ ワンちゃんが、”えー、また月曜日、やだー、金曜日に起こして” と言っています。
これは、月曜日に、会社のメールで回ってきたりするもの。

viernes1.gif


↑ 一方、金曜日になると、”金曜日よー”という楽しいイラストが、メールで回ってきます。
めちゃ、テンションあがります。 いったい、こういうのって誰が作ってるんでしょうか? お金になるんでしょうか? かなりの種類のがあり、毎週違うのが回ってきます。

スペインで勤めていたとき、仕事が楽しいって言ったら、ネガティブだといわれました。
つまり、人生を楽しんでいないって。 そうなの?
あと、リタイアするの嫌とかいっても、変だと思われたかもしれません。

で、月曜日に、”元気?”ときかれると、心もち顔をしかめて、”うーん、月曜日だし(pues .. lunes)”って言うのが、お決まりでした。

なので、わたしも、ばんばんやる気の月曜日も、”うーん、月曜日だし”って、言っていました。 
小心者のわたしなのでありました。

日本の会社で、”今日は金曜日よー” って言ったら、”だから?”って言われてしまった。”だから、金曜日ってワクワクしない?”っていたら、全然と言われました。 なんか、生きていくのって、むずかしい。



21/07/2012
NyanNyan II & Madrid

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バリレポの前に
週末になりましたが、
バリレポかけません。
なぜならば、自分のデジカメにメモリーが入っていなかったため、
写真が撮れず、
現在、同行した友人が写真を提供してくれるのを待っているのです。

で、なつかしの、”スペイン失業保険ネタ”です。

私がスペインにいた、1998−2006年はバブル絶頂期で、
ステップアップのための転職がすごかった時代です。
今は、がらりと変わっているでしょうねえ。

ところで、昨日、ヒョンなことから、
スペインの失業保険は、最大2年間もらえるって
わかって、ショックを受けました。 フランス人とかで3年間もらい続けている人がいるから、
驚くことじゃないんですが。
外国から資金援助を受けている一方で、今も失業保険で楽しく(?)暮らしている人が
いるかもしれません。

なぜ、スペインに住んでいた私が、失業保険の長さをしらなかったか。
それは、周りに失業保険をもらい続けている人がいなかったからです。
みんなおなじように、夏休み直前に首にされて、その年のクリスマスまでには、
首にされたしごとよりも、もっといい仕事についていたのです。
ひとり、短期間だけど、失業保険もらってた友人がいますが、月800ユーロとか言っていました。

昨日、知り合いに聞いたのは、もらえるのは、1800ユーロだけど、
手元に残るのは、800ユーロだって。 
800ユーロ? これって、”ウエイターとして働くぐらいだったら、失業保険もらいつづけていたほうが
得だ”というレベルだと考えます。 でも、2年間失業してて、その後普通の生活にもどれるのでしょうか?

ん? どこかで聞いたかんじ。
日本の生活保護もそんな感じだったですよねえ。